
しんしんと雪が降り積もる放課後だった。
卒業してから二十年。私は同窓会の打ち合わせを終えたあと、久しぶりに母校の校庭へ出ていた。
白一色に染まった世界の中で、校庭の隅にある大きな桜の木だけが、黒々と寒空の下に立ち尽くしている。花もなく、葉もなく、無骨に伸びた幾百もの枝が、行き場をなくしたように灰色の空へ伸びていた。
冷たくなった指先に息を吹きかけながら、私は二十年前の、よく似た雪の日のことを思い出していた。
あの日、私の隣には彼がいた。
寒さに身をすくめる私を見て、彼は桜の梢を見上げながら、少し得意げに言った。
「なあ。いま、こっち側は冬だから桜は咲いてないけどさ。あっち側は、いま、桜が満開なんだぜ」
「えっ?」
私は真っ白な息を吐きながら、彼の顔を見た。
「あっち側って……南半球とか、海外の話?」
季節が真逆のどこか遠い国に、同じように桜が植えられているのだろうか。そんな私の答えがよほどおかしかったのか、彼は声を立てて笑った。それから人差し指を、桜の枝の方へ向けた。
「違う、違う。海外なんかじゃないさ。よく見てみなよ、あの枝を」
彼は、灰色の空へ伸びる不格好な冬の枝を指差した。
「あの枝は、本当は枝じゃないんだ。こっち側の世界に伸びている、あっち側の根っこなのさ」
「根っこ……?」
「そう。こっちで枝に見えているものが、あっちでは根っこになる。だから今この瞬間、地底の暗闇のなかで、桜は満開なんだよ。オレたちが立っている、この真下だ。今ごろ向こうでは、桜吹雪かもしれないぜ」
彼はそう言って、雪の積もった地面をつま先で軽く蹴った。

「逆にさ、こっち側で春が来て桜が満開になるときは、あっち側では、こっちの花を支える根っこになる。交互に、あっちとこっちで咲き合っているんだよ」
そのときの彼の表情の細かな輪郭までは、もう思い出せない。
たしか、いつものように、少し悪戯っぽく笑っていたのだと思う。
ただの子供の作り話だったのかもしれない。私を少し驚かせたくて、その場で思いついた話だったのかもしれない。
けれど、彼がこちら側からいなくなって、もう何度目の冬になるだろう。
大人になった今、この雪の校庭で一人あの言葉を思い出すと、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
見上げた冬の桜は、もうただの枯れ木には見えなかった。
今、私の目には見えない。けれど、この足元のはるか奥、暗くて静かな地底の世界で、あの人は満開の桜に囲まれて笑っているのかもしれない。
「……そっちは今、春なんだね」
私はそっと、雪の積もった地面を踏みしめた。
冷たいはずの足元が、なぜだか少しだけ温かかった。