
はじめまして。わたしはガジュマル。
山田家のリビングの特等席、日当たりのいい窓ぎわに置かれている観賞植物だ。
わたしは「多幸の木」と呼ばれている。
たくさんの幸せを呼ぶ木、ということらしい。
人間たちは、縁起がいい木だと思っているみたいだ。
でもね。
それは、ただのうわさじゃない。
なぜならわたしは毎晩、山田家のみんなが寝静まったころ、鉢から「すぼっ」と根っこを抜き出しているからだ。
そう。
夜な夜な動き出して、この家に幸せのタネをまく。
それが、わたしの極秘任務なのだ。
時計の針が夜の12時を回ると、わたしの時間が始まる。
よいしょ、と鉢から抜け出したわたしは、短い根っこの足を器用に動かして、リビングを歩き回る。
今夜も、やるべき仕事がたくさんある。

まずは、パパが落としたことに気づいていない、ソファの隙間の小さなゴミを拾ってゴミ箱へ。
次は、お兄ちゃんが廊下に放り出しっぱなしにしたカバンを、壁ぎわにそっとどかす。
暗闇で誰かがつまずいたら大変だからね。
それから、キッチンでママが閉め忘れた引き出しを、音を立てないように「トントン」と押し戻す。
「ふぅ、大忙しだ」
ひと息ついていると、暗闇の中にふたつ、丸く光る目があった。
山田家で飼われているネコの「ちび」だ。
ちびは、根っこむき出しで歩き回るわたしを、じっと見つめている。
見つかった。
そう思ったけれど、ちびは「にゃあ」とあくびをひとつしただけで、ぷいっと後ろを向いて丸くなった。
何も気にしていない。
まあ、秘密を守ってくれるなら、それでいい。
「え? 幸せのタネって、そんな地味なこと?」
そう思った人もいるだろう。
もっと宝くじが当たるとか、突然ごちそうが現れるとか、そういう派手な奇跡を想像したかもしれない。
だけど、考えてみてほしい。
朝、起きてきたママが言う。
「あら、引き出し閉まってる。勘違いかしら。でも、すっきりしていて気持ちがいいわ」
そう言って、少しだけ笑う。
お兄ちゃんは遅刻しそうな朝、廊下をダッシュしても何にもつまずかずに学校へ行ける。
パパは「なんだか部屋がきれいだな」と言って、いつもより穏やかな顔でコーヒーを飲む。
いつも通りで、ちょっとだけ気持ちのいい朝。
誰も気づかないくらい小さくて、でも、ちゃんとそこにある喜び。
そういうものを見つけられる日が増えたら、家の中は少しずつ明るくなる。
わたしがまいている幸せのタネは、そういうタネだ。
山田家のみんなが、明日もニコニコ過ごせるように。
わたしは今夜も「すぼっ」と鉢を抜け出して、せっせと小さなタネをまき続ける。