なぜ、その一本を切らないのか。アイルランドの「妖精の木」

なぜ、その一本を切らないのか。アイルランドの「妖精の木」

野原に一本で立つ木を、切らずに残しておく。アイルランドには、そんな木を「妖精の木」として畏れてきた伝承がある。

よく知られるのは、サンザシの仲間で、英語ではホーソーンと呼ばれる木だ。枝には棘があり、初夏には小さな白い花が集まって咲く。生け垣にも使われる身近な木だが、一本だけ開けた場所に立つものは、とりわけ傷つけてはいけないとされた。

なぜ、その一本には手を出さないのか。残された話をたどると、妖精への恐れと、木をその場所に残そうとする人々の選択が見えてくる。

一本で立つサンザシが、特別な木になる

サンザシの小さな白い花、切れ込みのある葉、枝の棘を描いたイメージイラスト
白い花、切れ込みのある葉、枝の棘を描いたサンザシ

アイルランド国立博物館の解説は、花をつけたサンザシを、夏の訪れを告げ、妖精と強く結びついた木として紹介している。特に、開けた場所に一本で立つ木を傷つければ、妖精たちを怒らせると考えられたという。

妖精が関わる木を、人間の都合だけで切ったり、持ち去ったりしてはいけない。そうした戒めには、近づきすぎることへの怖さがある。博物館の説明にも、この木への「恐れ」と「敬意」の両方が挙げられている。

ただし、サンザシがあればすべて妖精の木、ということではない。生け垣や林にも生える木のうち、特定の一本に話が結びつく。どこに立っているか、そこについて何が語られてきたかが、その木を見る目を変える。

火にくべた樹皮が、木のそばへ戻される話

木を傷つける怖さは、短い民話にも残っている。アイルランドの民間伝承を公開する「Dúchas(ドゥーハス)」には、1930年代に子どもたちが集めた話や習俗の記録「学校コレクション」がある。

その中のドニゴール県で集められた話では、ある老人が家の外のサンザシから枝を切り、剥いだ樹皮を火に投げ入れる。すると、樹皮は見えない手によってすぐに火から投げ出され、サンザシのそばへ戻されてしまったという。

記録されているのは、土地で語られた物語だ。この出来事が実際に起きたと確認されたわけではない。けれど、話の中では、小さな樹皮さえ持ち去ったままにはできない。木の持ち主は人間だけだと思ってはいけない、という戒めが、短い出来事に表れている。

怖い木なのに、五月には飾って家を守る

サンザシをめぐる習俗には、もう一つの顔がある。国立博物館の解説では、五月を迎える前夜に、メイ・ブッシュと呼ばれる木や枝をリボンや花、卵の殻、明るい色の布切れで飾る習わしも紹介している。その夜と、これからの一年に、家族の幸運と守りを願うための飾りだ。

一方で、サンザシの花を家の中へ持ち込むのは不吉だ、という言い伝えもある。北アイルランドの地域史を紹介するトランスリンクの案内にも、花を室内に入れることを避け、戸外では魔除けのために飾ったという習俗が記されている。

同じ花でも、戸外に飾るときと、家の中へ入れるときでは意味が変わる。外では守りを願い、家の中へは持ち込まない。木そのものの性質に加えて、置く場所や季節、人との関わり方までが言い伝えに織り込まれている。

ベルファストでは、家を取り壊しても木が残った

こうした話は、昔の民話の中だけにあるわけではない。トランスリンクが紹介する北アイルランド・ベルファストのブライス・ストリートには、住宅整備の際に残されたサンザシの話がある。

1980年、ある家の庭に立つ古いサンザシが、住宅整備事業に伴って切られる予定になった。ところが、妖精の木を傷つけることを恐れる地元の人々が強く反対した。最終的に、家は取り壊されたものの木は残され、その木を組み込んだ子どもの遊び場「フェアリー・ソーン・ガーデン」がつくられたという。

この事例から、人々がみな妖精を信じていたとまでは言えない。それでも、その木を切りたくないという声があり、木を残した場所づくりが行われた。妖精の伝承は、土地をどう扱うかという現実の選択にも関わっていた。

花の咲く一本の木に、触れてはいけない理由が語られている。見えない手が樹皮を返す民話も、家がなくなったあとに残る木も、人が使える土地の中に、自由には扱わない場所をつくっている。妖精の木の不思議さは、姿の見えない住人のために、人間が場所を空けておくところにもあるのだろう。

参考資料

アイルランド国立博物館:サンザシと妖精の伝承(PDF)
Dúchas:学校コレクション、第1115巻122ページ(樹皮が戻される民話)
Dúchas:学校コレクション
Translink:ブライス・ストリートの妖精の木
ゴールウェイ県生物多様性プロジェクト:サンザシ
アイルランド国立博物館:五月の習俗とメイ・ブッシュ