もうひとつの朝 ~ツインソウル、魂の伴侶~

       
もうひとつの朝 ~ツインソウル、魂の伴侶~
ツインソウル

夢の中で、彼に出会った。
名前も知らないのに、言葉を交わす前から、心が静かに震えていた。

彼は私の手をとり、森を歩き、湖を見下ろし、花の咲き乱れる野原へ導いた。
空は青く澄み、風はやさしく頬を撫でる。
音のない音楽のように、すべてが美しかった。

――そして、野原の果てに、古びた駅のホームがあった。
時計は止まっていて、誰もいないベンチに朝の光だけが差していた。

彼は立ち止まり、まっすぐ私の目を見た。
「君は、僕の魂の伴侶だ」

その声が胸の奥に染み込み、静かに満ちていった。

「僕たちは、何度も生まれ変わって、探し続けてきたんだ」

朝、静かに目を覚ました。
まだ外は薄暗く、時計は6時前。

布団の中で、彼の言葉を思い出す。
夢のはずなのに、あまりにも鮮やかで、輪郭が消えなかった。

通勤電車。春の光。ページをめくる手。
どこかに、彼がいるような気がしてならなかった。

駅の改札へ向かう途中、ふと――彼がいた。
人波の中、こちらへ歩いてくる。

スーツ姿。肩にかけたカバン。
そのまなざしに、夢と同じ静けさがあった。

私たちは立ち止まり、見つめ合った。
「君は……」と彼が言う。

気づけば、駅の端のベンチに向かい合っていた。
――夢の中で見た、あのベンチとまったく同じ場所だった。

「夢を見たんです」私が言うと、彼は少し笑った。
「僕も。君と森を歩いた。湖も、花畑も……全部」

「それって……」
「不思議だけど、嬉しかった」

沈黙。
そして、彼の声が落ちる。

「……ただ、僕には妻がいます」

その言葉に、胸が痛んだ。
でも、彼の目は真剣で、苦しげだった。

「君に出会って、心が揺れた。こんなこと、あるんだなって……」

そのときだった。

大きな揺れが襲った。
床が波のように揺れ、人々の悲鳴。スマホの警報が一斉に鳴る。

「大規模な地震が発生しました。命を守る行動を……」

彼は何度も妻に電話をかけた。けれど、つながらなかった。
「……応答がないんだ」
彼の顔が青ざめ、声が震えていた。

私は、そっと彼の手を握った。
「きっと、無事だよ」
それは祈りだった。願いだった。

けれど、現実は容赦なかった。
津波、余震、噴火。崩れていく町。崩れていく日常。

彼の妻も、その中にいた。
もう、戻ってこなかった。

奇跡のように、私と彼は生き残った。

瓦礫の間で助け合い、
避難所で毛布を分け合い、
言葉より、静かなまなざしで支え合った。

やがて、私たちは一緒に生きるようになった。

何もかもが変わってしまったあと、
ようやく始まった新しい日々。

野に咲く花に笑い、
あたたかなスープに感謝し、
手をつないで眠る夜が増えていった。

恋をした。
怖れながら、でも確かに、ふたりで未来を選んだ。

やがて子どもが生まれた。
ある夜、ふたりで名前を考えた。

避難所の薄い明かりの下、毛布にくるまれながら、
彼は静かに言った。

「名前に、“光”って入れたい」

「うん、いいね。生きて、生まれて、ここまで来たから」

私たちは、揺れる光の中で何度も候補を読み上げ、
そのたびに笑い、涙があふれた。

その夜の温度を、私は今でも覚えている。

いつしか、その手はしわに包まれ、
言葉はゆっくりになり、
ふたりで年老いていった。

でも、手は決して離れなかった。
最後の瞬間まで、
「ありがとう」と「愛してる」が交わされた。

そして、静かに――死を迎えた。


・・
・・・

テレビの音で、我に返る。

「今朝、東京湾を震源とする小規模な地震がありました。
震度3。被害の報告はありません」

私は、彼の隣に座っていた。
朝の光がカーテンを透けて揺れ、テーブルにはコーヒーの湯気。
すべてが、あまりにも“ふつう”だった。

「……今の、何だったんだろう」
彼がぽつりとつぶやく。

「夢だったのかな」

私たちは、見つめ合った。
何も言わなくても、すべてが伝わっていた。

あれはただの夢じゃない。
たしかに、私たちは生きていた。
もうひとつの人生を――すべて、まっすぐに、愛して。

「ありがとう」
「こちらこそ」

ふたりの声が重なった瞬間、
胸の奥で、ひとつの物語がそっと幕を閉じた。

そして、私たちはそれぞれの今へと帰っていった。

でも、忘れなかった。
もうひとつの朝に、ふたりで見た景色を。
夢の向こうで、本当に生きた記憶を。

それは、未来でまためぐりあうための、
小さな永遠だった。

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