CATEGORY ショートストーリー

世界とボタン

靴の中で、何かが指先に触れている。中敷きのズレでも、石ころでもない。もっと異質だ。冷たい。硬い。存在感だけが強い。朝の眠気の中でも、確実に「異物だ」とわかる。 立ち止まって、靴を脱ぐ。中に転がっていた […]

風は貨幣を知らない

私はずっと、お金というものに、うまく向き合えないまま大人になった。それは必要なものであり、怖いものであり、時に魅力的で、時に重たく感じるものだった。 財布に残る紙幣の数と、心の余裕はいつも反比例してい […]

記録されない夢の地図

彼女の名前を、僕は知らない。けれど、名前がなくても、わかる。目が合えばすぐに、心が立ち上がるようにして彼女を認識する。それは、夢の中だけで繰り返される“初対面”だ。何度目かの、最初の出会い。 彼女はい […]

鏡の森で、もう一度

彼は毎朝、鏡を見ることが習慣になっていた。けれど、そこに映る自分の顔には、もう長い間、温度がなかった。 無表情。疲れた目。形ばかりの呼吸。それを見ても、何も感じなくなっていた。 日々は繰り返されるだけ […]