世界とボタン
靴の中で、何かが指先に触れている。中敷きのズレでも、石ころでもない。もっと異質だ。冷たい。硬い。存在感だけが強い。朝の眠気の中でも、確実に「異物だ」とわかる。 立ち止まって、靴を脱ぐ。中に転がっていた […]
靴の中で、何かが指先に触れている。中敷きのズレでも、石ころでもない。もっと異質だ。冷たい。硬い。存在感だけが強い。朝の眠気の中でも、確実に「異物だ」とわかる。 立ち止まって、靴を脱ぐ。中に転がっていた […]
私はずっと、お金というものに、うまく向き合えないまま大人になった。それは必要なものであり、怖いものであり、時に魅力的で、時に重たく感じるものだった。 財布に残る紙幣の数と、心の余裕はいつも反比例してい […]
彼女の名前を、僕は知らない。けれど、名前がなくても、わかる。目が合えばすぐに、心が立ち上がるようにして彼女を認識する。それは、夢の中だけで繰り返される“初対面”だ。何度目かの、最初の出会い。 彼女はい […]
彼の名前を、私は知らない。けれど、その響きだけは、何度も心の奥で呼んでいる気がする。声にはならない。言葉にもならない。けれど、まるで眠りの底に沈んだベルの音――触れれば壊れてしまいそうな、震えだけが残 […]
夢の中で、彼に出会った。名前も知らないのに、言葉を交わす前から、心が静かに震えていた。 彼は私の手をとり、森を歩き、湖を見下ろし、花の咲き乱れる野原へ導いた。空は青く澄み、風はやさしく頬を撫でる。音の […]
彼は毎朝、鏡を見ることが習慣になっていた。けれど、そこに映る自分の顔には、もう長い間、温度がなかった。 無表情。疲れた目。形ばかりの呼吸。それを見ても、何も感じなくなっていた。 日々は繰り返されるだけ […]